試走会・テスト

オブザーバー(観察者)の視点から:3支部合同試走会にて part 2

自動車ジャーナリスト 両角 岳彦

part1で述べた「実戦対応レーシングチーム」としてのあり方以外に、今回の観察で気になったポイントをいくつか紹介しておこう。

(オブザーバー(観察者)の視点から:3支部合同試走会にて part 1を読む)

 

●ドライビング・ポジションが劣悪な車両が多い。

「スポーツとしてのドライビング」において、そしてそのために造られるモータースポーツ車両において、人間の肉体がクルマに収まった状態で、筋肉骨格系がどうなっているか、は全ての基本である。「ドライビング」を「スポーツ」として組み立てる原点は、他のあらゆるスポーツと同じように、まずは人間の肉体の成り立ちに適った「スタンス」「グリップ」「フォーム」なのだから。この論は基礎中の基礎であり、じっくり深く考えもらう必要がある。そしてその原理原則を把握した上で車両の基本レイアウトから組み立て、実車の製作においても常にそこを意識し、細かく見てゆくことが欠かせない。これは日本の自動車産業全体が抱える大きな弱点のひとつであって、他の多くの弱点とともに、学生フォーミュラは日本の自動車づくり、自動車の研究と開発の弱さをそのまま映し出す存在、というのはいつものことではある。
しかし現時点でそこにまでは戻れないので、この話はまた別の機会にするけれど、少なくとも“できあがった”クルマの中でドライバーが自らの筋肉を強く、あるいは弱く、最良のデリカシーを持って使い、タイヤとクルマから伝わる運動の状態を繊細に感じ取るためには、何よりまず「ドライビング・ポジション」。筋肉と関節がクルマを操る動作にとって最も良い形になっていることを、走り出す前にまず構築し、走る中で㎜単位の微調整をしてゆく。これがモータースポーツ車両の基本中の基本である。
とくにフォーミュラカーは、「ドライバーの肉体を直接包み込み、一体化して、人間の外骨格のように機能する車両であるだけに、プロフェッショナル・レーシングの世界では、肉体の形状そのままにフィットし、ドライバーが微細な違和感も感じないようになるまで、シート造りに多くの時間を費やすのが常識だ。
しかし今回、ドライバーの姿勢を一見しただけで、それがまったくできていない車両が「ほぼ全て」であった。ブレーキテストで瞬時に大踏力をペダルに加え、4輪ロックに持ち込めないマシン&ドライバーは、脚が伸びきっていないか、とくに膝や足首を無理な形で伸ばし、動かさないとペダルが最奥のストッパーまで踏み込めるかを確認し、脚~足の着座姿勢を修正することを推奨したい。
コックピットに座り、マシンを操る動作をした時に、力をできるだけ抜いて、自然に頭が軽く前傾する姿勢になるか。ステアリングをロック・ツー・ロックで速く回した時に、腕が自然に動かせるか、肩や上体が落ち着いていて、上下や左右に揺れ動くことがないか。ペダルを踏む時に足首から先の柔らかい動きだけでコントロールできるか。骨盤がシートにピタリと収まったままでペダルをいっぱいまで踏み込むことができ、骨盤が浮いたり、身体全体が動いたり浮き上がったりすることがないか。各ペダルや周辺が干渉することがないか。フットレストを踏んだ反力で、骨盤をシートに固定して身体を安定させることができるか。基本的なチェックポイントだけでもこのくらいはすぐにリストアップできる。
ほんの半日もあれば、現状の車両の中であってもシーティング・ポジションをできるかぎり良いものに直すことはできる。大会までの残り少ない時間の中であっても、その努力を怠らないでほしいと思う。

●ドライバーはもっと“遠く”を見よう。

スキッドパッドで「舵角一定・駆動力一定」の「定常円」を描けるドライバー&マシン(こちらの責任も大きい)がほとんどいない。できれば、旋回速度=遠心加速度を自在に変えて、サッと定常円を描けて、その延長としてタイヤのグリップ限界でも同じことができる境地まで到達してほしいところだ。
オートクロス/エンデュランスのコースを走ると、コースレイアウトに対して車両運動を最適の形で組み上げ、とくにタイムを縮める鍵となる脱出加速をできるだけ効率良く、というリズムで走る(ここでもタイヤのグリップ限界を使い切る/その手前で再現性良く車両特性を確かめる、という走りの狙いに関係なく)ドライバーがほとんどいない。
ドライビング・トレーニングという意味では、ここでも身体構造の構造と機能、タイヤと車両の運動力学など、多くの要素を踏まえつつ、頭脳と肉体の両方から磨いてゆくことが欠かせないのだが、これも「付け焼き刃」では間に合わない。そこでひとつだけポイントを挙げておくなら、それは「視線」。
ほとんどのドライバーが(タイムを短縮できているかに関係なく)、目の前に現れるパイロン、次のパイロンと、間近の目標ばかりを見てしまっている。これがパイロンで描かれたコースの「罠」なのである。
いかに視線が近いかは、ヘルメットの向き、傾きですぐにわかる。そして人間の行動、肉体反応の基本として、視線を向けている所に行く、車両が向かう。その結果、車両運動が落ち着かない、パイロンを踏む、さらに最良の車両運動が作れない、ということになってしまっている。次々に現れるパイロンを視線で追い続けると、視野も狭くなる。
動的スタッフから指摘されている「フラッグ無視」の問題も、原因のひとつは近いパイロンを注視しているがために、周辺視野が限られてしまうことにある。もうひとつは、「ドライビングというスポーツ」を脳の全てを使って必死にやってしまっていることがある。簡単に言えば、余裕がない、のだが、習熟度が低い時はそうなりがちだ。でも自分の能力の限界で走ろうとしても、じつは精度が低く、無理をするだけになり、車両の運動も感知、記憶できず、そして周囲も見えなくなるだけだ。5%か10%、ペースを落とす感覚で走れば、ミスも減り、クルマとも“対話”でき、じつはタイムもさして落ちないか、かえって上がることもよくある。そこから積み重ねて行けば、「速さ」は自然に付いてくる。無理無茶を重ねる必要はない。それは無駄なことだ。
だからまずは、スキッドパッドなら「円」を、オートクロス/エンデュランスなら連続するコーナーやスラロームの形を、イメージとして描けるようなところまで、視線を遠くに伸ばして走ろう。それだけで、緊張も解けてくるだろう。
コースウォークの時から、コースの形を記憶するのではなく、その中をマシンが運動して行く時に最も効率の良い挙動、あるコーナーを抜ける車両の姿勢をイメージして、それを組み立てる時に目標とすべき「キー(鍵になる)パイロン」を見つけ、それがコックピットからどう見えるかを確かめる。それも注視するのではなく、マシンの運動を組み立てる一瞬に、先にある目標点という程度に見るだけのものだ。コースウォークの着目点はもっといろいろ深い話があるのだが、それはまたいつか。

(オブザーバー(観察者)の視点から:3支部合同試走会にて part 1を読む)