自動車ジャーナリスト 両角 岳彦
(オブザーバー(観察者)の視点から:3支部合同試走会にて part 2を読む)
学生フォーミュラの活動とそれをより良い形で実現するチームの組織は、1年の中で何段階かのフェイズ(相)で変化してゆくことが望ましいと思っている。日本大会が近づいたこの段階では「車両開発組織」から「実戦的レーシングチーム」への相変化が求められている。その視点から、今回の試走会に臨んだ各チームの動きを見守っていると、いささか心もとない印象があちこちに残った。学生フォーミュラでもトップチームであれば、ルーティンとして定着している部分も多いはずだが、そうした良きルーティンが年を経るにつれて劣化しやすいことも意識しておきたい。
ここで学生フォーミュラ活動の中、この時点で実施する実戦に直結するテストを、プロフェッショナル・レーシングチームであればどのように進めてゆくか、その流れをおおまかに説明してみようと思う。
1. 事前準備
- 持ち出し物資の確認・リスト作成:各部門で→スペアパーツ、工具類、ドライバー装備、参加書類一式、設営(テント、飲料など) チェックリスト化すること。担当者を決めて毎回チェックリストに沿って、帯行品を確認する。
- 車両搭載レイアウト(乗員、個人手荷物を含む):現車確認(安全性もチェック)、図面化(レンタカーなどで荷室寸法が異なるのにも対応する)。
- ピットレイアウト:ピット寸法確認→図面化(F1チームなどでチーフデザイナーが自ら描画していた事例もある)。
- 行動計画(movingあるいはtravel plan):出発から現地到着までの時間と経路・乗車割当、現地での設営・準備の内容と担当者、日々の試験概要と時間割、チーム内担当割当と各自の行動内容、撤収から帰校までの時間と経路、個人手荷物等に含めるべき必需品、チームで用意する共用品など、さらに「dress code(着衣=チームウェアなどの指示)」などの計画を組み立て、文書化して、関係者全員に配布。各人はそれに沿って準備、行動する。
- 車両準備:イニシャル(持ち込み)セットアップの策定→定盤上での整備、アライメント調整、エンジン等制御仕様の確認。
- 試験計画:車両全体、シャシー&タイヤ、エンジン、トランスミッション、電装、ドライバー習熟、絶対タイム確認などそれぞれに今次テストで実施する・したい内容を整理・提案。それを現地での時間割りに対応させて一連の試験計画に整理。さらにプライオリティ(必須試験、できれば実施、試験内容の枝分かれの中で実施検討…など)のランクを付けて、進める順序・手順を決めておく。
2. 現地入り
- 現地の行動マネージメント、時間管理間の担当者を決めておく。現地到着直後(実戦等では事前にも)、全体レイアウト、どこに何があるか、いつ、誰が、どこへ行けばいいのか、などの現実的な行動計画を組み、チームに展開する。
- ピット設営も担当(指揮)者が現地の状況・寸度と計画を照らし合わせつつ調整、速やかに作業を進める。セットアップ変更を伴うテストの場合は、最初に「簡易定盤」を設営する。床(地)面にブルーシートなどを広げた上に簡易定盤を設営すると高さと位置の精度が低下するので、できるだけ強固な面を選ぶことが重要。
- 全員が、その日のスケジュールと状況に応じた変更が一見してわかるように、ホワイトボードなどで掲示、適宜修正する。大きめの時計も並べて置く。
- テストそれぞれの内容、そのための車両側準備・セッティングについては、試験統括担当(トラックあるいはテスト・エンジニア)がセッション毎に「job list」(作業内容と担当者)を準備(印刷)、掲示して、実施したものからチェックを入れる。
3.試走~テスト
- 車検その他のチェックにおいては、車両準備や外部対応に参加しない担当者を準備し、実施した内容や指示・助言された内容を記録する(映像記録は事後の確認・チーム内の情報共有化が難しい。必ずメモを取り、事後すぐにそれを整理してチームに展開すること)。
- いつ、どこで、どんなコンディションで、どんな仕様(各所のセットアップ、マップ類など、走行前後のタイヤ内圧・トレッド面温度=本来は表面の放射温度ではなくコンパウンド内層の温度をプローブ温度計を用いて測定する)で、誰が、どんな走行を行い、タイム、挙動はどうだったのか。ロガーデータとの対応なども含めて、精密な記録を残す。そのための書式フォーマットも準備、使いながら改善する。プロフェッショナル・レースの現場(ピット周辺)で、実際にどのような走行基礎データの計測や、記録書式などを使っているかを観察して応用するのも有効である。
- 事前準備した計画を元に、実際の走行場所に出てテストプログラムを実施してゆく内容、車両仕様の策定は、トラックあるいはテスト・エンジニアに一元化する。もちろん、走行の内容・場所が変わるとか、休憩などの中で時間が空いた時に、チームとして短いミーティングを実施して、意見を出し合い、検討することは行ったうえで、ということではある。
- ドライバーは、「フルアタック」の指示が出た周回以外は、心理的・肉体的・車両挙動などの全てにおいて余裕を残してドライビングすることが基本。エンジン、タイヤなどの特性確認、基本的な車両特性の試験を行う時には何より「再現性」が重要であり、「毎回同じ運転、同じ運動・挙動」を組み立てることが求められている。また、ドライバーこそが「最良のセンサー&データロガー」であり、自らのどんなドライビングをしたのに対して、車両がどう反応したか、を体感し、記憶し、事後に「記憶を再生」してチームにフィードバックするためには、「脳に余裕を残して」ドライビングすることが必須である。
- テストセッションが終了するごとに、テスト・エンジニア、各技術要素のエンジニア、ドライバーが顔を合わせて、状況説明・確認・検討(デブリーフィング)を実施。その内容も必ず文字で記録に残す。
- トラブル、故障などが発生した時には、まず状況確認を進め、「今この場で対処できること」「必要な材料、加工は手に入るか」「基地に持ち帰って検査・修理するべき内容」、そして「何が起きたのか?」などに仕分けしてアイデアを出し、整理する。この初期段階から、実際の問題部位の確認や分解、対応策に動くことなく、常に全体の状況・情報を集約して把握し、整理して流れを整える「ダメージ・コントロール」の司令塔となるメンバーを一人立てる。症状と原因が推測でき、対応策の組み立てができるようになるまでは、トラブルの現状を維持し、性急に分解などをしないこと。原因追求のための情報が消えてしまうので。
4.走行終了後
- 車両の状態を細部まで確認する。
- 設営時と同様の(逆の)手順を追って、ピットを撤収、機材や帯行物の積み込みを行う。この時も物品&作業のチェックリストを活用する。
- 撤収完了と見なされる状態になったら、ピットや走行現場を全員で、担当範囲を分担しつつ、確認する。
- 現地行動マネージメント担当者は、主催者や主要関係者、コース管理者を回って状況確認、撤収の報告を行う。
- 現地入りの際と同様に、配車・乗車割りなどを確認、帰路につく。
- 基地に到着後は、まず定盤上で車両のアライメント測定を実施。テストにおける最終セッティングが意図どおりのものになっていたかを確認する(セットアップの再現性確認)。次に主要要素を分解、分離して各所の固定や締結の状態、とくにネジの締め付け状態をひとつずつ確認(各人が勝手に分解作業を行わないように。必ずチェック、記録を行いつつ作業を進める)。液体洩れ、構造部分の損傷(微細なものでも)も同時に確認し、記録する。
- テストプログラムを策定したメンバー、テスト・エンジニア、ドライバー、設計担当者が顔を合わせて、走行の内容、テストした結果、その中で現れた現象などについての確認・検討ミーティングを実施する。その中から改良点、次回のテストまでに実施する/できる車両や要素の変更や改良の内容が確認できる。
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おおよそ、このようなプロセスを踏めばステップ・バイ・ステップで、マシンと、そしてチーム組織のレベルアップが進むはずである。
もちろん、各プロセスの内容、そこで準備するものや文書、それらを使う段取りなどは、刻々と改良されてゆくだろう。そうやって組み立てた「自分たちのルーティン」は、次の世代へ、形だけでなく「なぜ、こうしたのか」まで含めて引き継いでゆくことが、チームとしての継続性、連続性を生み、そして最初にも触れた「チームとそのプロセスの劣化」を防ぐことにつながる。
(オブザーバー(観察者)の視点から:3支部合同試走会にて part 2を読む)