試走会・テスト

富士試走会 オブザーバー(観察者)の視点から

自動車ジャーナリスト 両角 岳彦

シェイクダウンにこぎつけ、ようやく走り始めた自分たちのマシン。これから約5カ月、全日本大会までの時間を使って様々な「開発」を進めてゆく。今はその最初のステップである(はずだ)。

この段階でまず何をするか、「開発」の第一歩をどう踏み出すか。とくに、チームの拠点やその周辺ではなかなか得られない、十分な広さを持つ「試験場」を長時間走ることができる今回のような「テストディ」では、毎回、開発のステップに応じた「テスト・プログラム」を考え、1日のスケジュールの中でそれをどう進めるか、途中で問題が発生した時、逆に確認事項が早めに消化できた時などに応じて「プランA」「プランB」…を用意して現場に臨む。そうした「実験計画」の策定が欠かせない。当日までに車両を組み立て、間に合わなかった分は現地でも作業を行い、車検委員のチェックを受けて、うまく進めば走ってみる…では、せっかくの場も、遠征の手間と費用も、ここからの「開発」に活かせるものにはならない。

その前に新しい「製品」を形にしてゆくプロセスでは、車両=試作車が組み上がったらまず何から始めるか。その手順を踏まえてほしい。
試作車が初めて自らの動力で「転がる」、すなわちシェイクダウンで行うのは、まず「動くか、走るか」だが、そこからは「設計どおりにモノが組み上げられていて、それぞれの部位がきちんと機能するか」の確認を進める。この段階では機械的な、また制御などの「不具合」が出るのはむしろ当たり前であって、場合によっては危険な故障、破損も起こりうる。それがわかっているからこそ、テストドライバーとしてもエンジニアリング・スタッフとしても、まずは慎重に走り出し、各部を点検・確認し、もう少しーペースを上げて走らせ…を積み重ねてゆく。機械要素各部の作動状態、エンジンをはじめとする制御の基本動作などは、ここで確認し、問題解決を進め、その上で本格的なテスト走行に進んでゆく。

テスト=[開発試験」としては、何から進めるか。車両の「基礎特性」の確認、そのためには基本的な、言い換えれば単純な走行試験を、条件を変えて実施し、ひとつひとつの特性試験に関して「マトリクス」を組む形でデータを蓄積、整理する。

たとえば、この種の車両において何より重要な「車両運動」については、定常円旋回によって確かめられる「ステア特性(本来の定義における「アンダーステア・オーバーステア特性)」や、ヨーイングの周波数応答などの基礎データを収集する。そもそも「スキッドパッド(円旋回)」はそのための試験法であり、そのテストコースである。そこを「どれだけ速く回れるか」は、この段階でやる必要はない。まず、0.1g、0.2g、0.3g…と遠心加速度を段階的に変化させつつ、定常円旋回を行えば、F-SAEにおけるスキッドパッド試験のコース、試験法であれば「半径一定法」のステア特性試験となり、操舵角の変化によって「アンダーステア(あるいはオーバーステア)の度合い」が現される。それ以前にまずドライバーが、定常円、すなわち「一定速度」+「一定舵角」をピタリと維持したまま正確な円を描く旋回を1周かそれ以上維持できるか。これはドライビングの基礎トレーニングでもある。(より詳細な円旋回試験の方法、計測方法などについては、以前、某ウェブ講座で紹介した。必要と思われる方々はインターネット上を検索されたい。)

ここで測った「ステア特性」は、前年までの車両と比較して、試作車がどんな操縦性安定性の基礎特性を持っているかを検討する基本データのひとつであり、また開発の最初は設計時に想定したタイヤ・アライメントや内圧で走ってその特性を確認、次に何かの諸元を変化させると車両の特性はどう変化するかの「マトリクス評価」の出発点にもなる。

一方、エンジンやモーターを核としたドライブトレインについても、一定回転速度+一定負荷で滑らかに回転し、開発の意図に沿った、あるいは台上試験で確認した、定常運転での運転条件と合致するか、トルクがちゃんと出ているかから見てゆく。そこからスロットル開度をステップ状に変化させた時(1/4→2/4、2/4→4/4…さらに1/8刻み、など。開き側だけでなく閉じ側も)時にエンジンの「つき」、「トルクの過渡応答」などを、これもまたマトリクスを組むように確認し、チューニングを進める。

こうした基礎試験なしに、ただ複雑な屈曲コースを走り回り、路面状況も気象条件も異なり、ドライビング(マシンと対話し、操る)の「段取り」もバラバラな状態で得た周回タイム、区間タイム、瞬間旋回速度と遠心加速度などで、新旧を比較したり、試作車の性能が向上したのかを判断しようというのは、粗雑にすぎる。基礎データの蓄積なしに「性能目標を策定する」ことも、「それが達成できたか」を確かめることもできない。その循環の結果として、毎年作り上げた車両に本質的な改良や進化が実現できず、企画・設計・開発が迷走し、あるいは上昇らせんを描かずに堂々巡りしてしまう。これが日本の学生フォーミュラの現状ではないかと思う。

というわけで、現段階ではまず「転がしました」ではない、本来の意味での設計&機能確認としての「シェイクダウン」、その次のステップとしての「基礎試験」(遠心加速度を変えつつのスキッドパッド円旋回がドライバーの基礎トレーニングとしてきわめて効果的であることと併せて)と、製品開発のステップとして本来あるべき段取りを踏んでほしい、と思う。